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名古屋地方裁判所 昭和42年(ヨ)485号 判決

申請人 加藤瑛

被申請人 日本船貨保全株式会社

主文

一、申請人が被申請人に対し雇傭契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二、被申請人は申請人に対し昭和四二年三月二二日から本案判決確定にいたるまで毎月末日限り一カ月金三九、四八〇円の割合による金員を仮に支払え。

三、申請費用は被申請人の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

申請人訴訟代理人は主文第一項同旨及び「被申請人は申請人に対し金九、二一二円及び昭和四二年三月から本案判決確定にいたるまで毎月末日限り金三九、四八〇円の割合による金員を仮に支払え」との判決を求め、被申請人訴訟代理人は「申請人の申請を却下する」との判決を求めた。

第二、申請人の申請の理由

一、被申請人は肩書地に本店を置き、横浜に支店を、大阪、名古屋、東京、北九州に各営業所を設置し、輸出入貨物の監視や舷門監視等の監視を業とする株式会社であり、申請人は昭和四〇年一月六日被申請人会社に入社し、名古屋営業所の監視員として勤務していた被申請人会社の従業員である。

二、ところで昭和四二年二月二二日被申請人は申請人に対し、申請人が同月九日午後一〇時四〇分頃被申請人会社名古屋営業所(以下会社営業所と略称する)内で申請人の上司の西村係長に対し暴行を加えたことを理由に口頭で申請人を解雇する旨の意思表示をした。

三、しかしながら、右解雇の意思表示は次の理由により無効である。

(1)  解雇事由の不存在

昭和四二年二月九日午後一〇時四〇分頃申請人が会社営業所内で仮眠していたところ、同営業所早川所長、西村係長ら四名が現われ申請人を取り囲み、「こら、起きよ」「狸寝入か阿呆」等と罵声を浴びせ、毛布の上から申請人を小突き廻し、申請人を起してしまつたので、申請人はこの突然の事態を了解できぬまま右四名の非礼を詰つたところ、西村係長が申請人に対し「お前は阿呆だ。お前のやつていることは阿呆だ」と罵つたので、申請人はこれに激怒し、西村係長に喰つてかかり同人の胸倉を掴んだことがある。然しながらそれは懲戒解雇事由としての暴行には該当しない。

その他申請人には被申請人会社就業規則及びその付款に規定する通常解雇ないしは懲戒解雇事由に該当する所為はなく、結局被申請人の本件解雇は解雇の正当事由を欠き無効である。

(2)  不当労働行為

申請人は昭和四〇年七月頃被申請人会社名古屋営業所従業員組合(以下組合と略称する)の結成にあたり中心的役割を果たし、組合結成と同時に組合書記長に就任し、昭和四一年六月には組合副委員長に選任された。

ところで被申請人会社における業務のあり方については従来から次のような問題があつた。

即ち(イ) 第一に被申請人会社の本来の業務である監視業務の実態は殆んど労働者供給事業に等しいものであり、被申請人の中間搾取率も極めて高く、これが労働基準法第六条職業安定法第四四条に違反する虞が多分にあつた。

(ロ) 第二に被申請人会社では、従来から右監視業務のほか社団法人全日本検数協会(以下全日検と略称する)等の検数業務を下請していたが、この検数業務は港湾運送事業法による免許事業であるため、被申請人会社が右業務の下請をするのは港湾運送事業法違反であり、また労働基準法、職業安定法違反でもあつた。

そこで組合は、昭和四一年六月労働基準局に対して右(ロ)の問題を提起し、しかるべき措置を求めたが、結局それが原因で被申請人会社名古屋営業所はその後一・二カ月の間全日検より検数業務を与えられなかつたことがあつた。このため被申請人は組合員に対し会社をとりまく客観情勢の厳しさを説き、不利な賃金協定の締結を強要するに至つたので、組合員らは全員これに反対しスト権を確立し被申請人会社と争つたが、当時の組合執行委員長村山栄二が組合員に独断で組合を代表し、被申請人と右協定を締結したため、組合員の激怒を招き結局引責辞職するに及び、申請人がその後任として同年八月組合執行委員長に就任した。

被申請人は同年一一月より従来行つていなかつた輸入木材の筏部門の検数業務を行うことを企画し、このため保全要員を別異の賃金体系で募集するに至つたので、組合は申請人の指導のもとに賃金協定違反としてこれに反対し、右企画の実現を阻止することに成功し、また被申請人会社名古屋営業所では当時全日検名古屋支部の争議に際し同営業所からスキヤツブとしてその保全要員を提供することがしばしば行われていたが、申請人を始めとする組合の抵抗により右取扱も漸次減少するに至つた。

以上の次第で被申請人会社においては申請人らの構成する労働組合の存在を恐れかつ嫌悪し、特に申請人に対しては申請人が全港湾労組に所属しているのではないかとの疑念を抱きまた組合結成の主謀者、組合活動の中心的指導者として好感を抱かず、かねがね差別扱いをして来たのであるが、被申請人は偶々前記二月九日夜の事件が発生したのを口実に、労働組合の結成及び運営に指導的な役割を果した申請人を企業から排除しようと企図して申請人を解雇したものである。

よつて本件解雇は不当労働行為として無効である。

(3)  解雇手続の違法

被申請人会社就業規則付款表彰懲戒規定によれば表彰及び懲戒は労働組合の選任する委員を加えた審査委員会の審議を得て決定すること(同規定第一一条第一二条)になつているけれども、被申請人は申請人を解雇するにあたつてこの手続を遵守していない。よつて本件解雇はその手続に違法があり無効である。

(4)  権利濫用

前記二月九日夜の事件における申請人の行為が仮に暴行にあたるものとしても、それは極めて軽微なものであり、しかも早川所長及び西村係長らの行為に誘発され生じたものであるから、申請人の右所為に対し懲戒解雇をもつて臨むのは甚だ苛酷な措置であり解雇権の濫用として無効である。

以上の次第であるから、申請人は被申請人に対し現在もなお雇傭契約上の権利を有する。

四、ところで申請人は本件解雇前三カ月間被申請人から一カ月平均三九、四八〇円の賃金の支給を受けていたものであるが、被申請人は本件解雇以降申請人の勤務を拒んでおり、そのため申請人は被申請人会社の従業員として引続き勤務する意思があるにも拘らず本案判決確定まで解雇された状態が継続することになり、従業員として将来にわたり大きな不利益を受けることになる。また申請人は被申請人から支払われる賃金によつてのみ生計を維持している労働者であるから、被申請人が本件解雇以降賃金の支払をしないことにより生活に窮し著しい不利益を受けている。

よつて申請人は本案判決の確定をまつていては回復し難い損害を蒙ることは明らかであるから、申請の趣旨記載の如き仮処分命令を求めるため本件申請に及ぶ。

第三、申請人の申請の理由に対する被申請人の答弁

(一)  第一項、第二項の事実は認める。但し申請人は被申請人会社の正式の社員ではなく臨時雇員である。

(二)  第三項について

(イ)  (1)の事実中申請人がその主張の日時場所で仮眠していた際、早川所長、西村係長ら四名が同所に現われ申請人を起したこと、これに対し申請人が激怒し西村係長に喰つてかかりその胸倉を掴んだことは認めるが、その余の事実は否認する。

(ロ)  (2)の事実中申請人が組合結成に当り中心的な役割を果たしその主張の日時に組合の書記長、副委員長に順次選任され、その後村山栄二の後任として組合執行委員長に選任されたこと、被申請人会社の業務のあり方について諸法規違反の疑があるとして当局より注意を受け、そのため被申請人が一時全日検名古屋支部より検数業務を与えられなかつたこと、被申請人が輸入木材の筏部門の仕事を企画し人員を募集したが実現しなかつたことはいずれも認めるが、その余の事実はすべて否認する。被申請人会社が組合と締結した賃金協定は組合員に不利なものではない。また右協定の締結も当時の執行委員長村山栄二の独断によるものではなく、組合員と交渉しその納得の上で行われたものである。昭和四一年一一月被申請人が企画した輸入木材の筏部門の仕事は検数業務ではなく沈木の監視業務であり、その業務の性質上賃金体系が異なるのは当然である。右企画が実現しなかつたのは保安要員を募集しても必要な人員が集まらなかつたためであり、組合が賃金協定違反として反対したためではない。また被申請人は平常から全日検名古屋支部に対し保安要員を出しており右要員の出向は同支部の争議の時に限られるわけではない。

(ハ)  (3)の事実中本件解雇が無効であることを除きその余の事実はすべて認める。

(ニ)  (4)は争う。

(ホ)  第四項の事実中本件解雇当時における申請人の一カ月の平均賃金が三九、四八〇円であることは認めるが、その余は争う。

第四、被申請人の主張

一、本件解雇の理由

(1)  申請人は日常の勤務について職場放棄をしたり、あるいは出社しても就労を拒否する等目に余るものがあつた。

即ち(一) 申請人は昭和四〇年六月四日名港六号地の輸出用貨車の警備中、午後八時頃から約一時間にわたり職場放棄し、更に同年八月二八日四日市港に出張しシヤビツト号の舷門監視勤務中、船会社代理店中根某より勤務上の注意を受けたことを不服とし同僚の忠告も聞かず職場を放棄して帰宅し、また昭和四一年六月五日午後八時三〇分より同月六日午前二時三〇分までの間職場を放棄して所在を晦ました。

(二) 申請人は昭和四〇年七月二二日朝営業所まで出勤するや「この配置は不公平だ」と放言し当日の就労を拒否して勝手に帰宅し、また昭和四一年六月七日及び八日営業所に出社したが、いずれもその直後所在不明となり、更に同年一二月一四日被申請人が申請人に対し東海製鉄岩壁での荷役調査勤務を命じたところ、申請人は「寒くてこういう仕事は出来ない」と放言して就労を拒否し、同四二年一月五日申請人は一旦営業所まで出社したものの自己の気に向かない処に配置されたため突然腹痛を理由に欠勤した。

(三) 申請人が同四一年四月一八日被申請人まで就労報告をせず帰宅したため、翌一九日西村係長が申請人にそれを注意したところ、申請人は自己の非を認めず却つて反抗的態度にで、同係長の質問に対し終始沈黙を続けそのうち姿をかくし、翌二〇日から同月三〇日までの間も一応営業所まで出社はするものの就労の意思を表明せず、そのまま所在不明となり長期間にわたつて就労拒否を続けた。

(2)  申請人は社内の秩序を紊したり業務を妨害することも度々あつた。

即ち(一) 会社営業所ではその事務所内における仮泊について会社の許可を得なければならないものとしているにも拘らず、申請人は飲酒の上、会社の許可なく事務所に仮泊し、被申請人がその都度注意をしても改めず、そのため被申請人会社の業務上の都合で仮泊しなければならなかつた従業員が実際に仮泊できず結局営業所の近くの旅館に宿泊した例もあつた。

(二) また申請人が右事務所に仮泊した時には、事務所の窓ガラスが破壊されていたり(三回位)あるいは被申請人会社において業務上一番大切な配置板の名札が紛失してしまう(四回位)等の事故が度々発生した。

(3)  昭和四二年二月九日午後七時頃被申請人会社従業員宮島弘が全日検名古屋支部事務所で警備当番中、申請人が酒に酔つて同人の許を訪ずれ「今晩事務所(被申請人会社名古屋営業所)で仮泊しようと思つたところ配置板にかけてある所長以下の名札が全部紛失しているから現認してほしい」旨要請して来た。そこで宮島は申請人と共に事務所に赴いて調べたところ、申請人の云うとおりであつたのでその旨を早川所長や西村係長らに電話で通報した。早川所長や西村係長らは予々前記(2)の(二)のような事情があつたので右名札の紛失が申請人の仕業ではないかと疑い同日午後一〇時四〇分頃までに右両名及び奥村係長、馬場主任ら四名は事務所に出頭し、申請人から事情を聞くため同所で仮眠中の申請人を起そうとしたが申請人が容易に起きないので馬場主任が申請人の掛けている毛布を取つたところ申請人はこれに激怒して起き上るや西村係長に襲いかかり両手で同人の首を締めかつ同人を床に押し倒した。その際同人のウールのチヨツキを引きちぎり更にその場にあつた灰皿を振り上げ同人めがけ投げつけようとしたが他の者に制止され事無きを得た。

(4)  申請人が前項のように西村係長に暴行を加える理由は何一つなく結局自己の当夜の名札隠蔽の事実を紛らすため上司である西村係長に暴行を加えたものと考えられ、前記暴行の前、宮島弘が申請人の鞄の近くに名札が一枚放置してあり申請人の鞄の中にも名札らしきものがあるのを認め、申請人に質問したところ、申請人が「便所の傍で拾つた。後でいくらでも拾つて来る」等と云つた事実もあり、又予て営業所内では名札の紛失が申請人の所為であるとの噂もあり、結局当夜の事件により、それまでしばしば発生した名札の隠匿行為が全て申請人の仕業であると判明した。

そこで被申請人会社としても前項の職場放棄や就労拒否及び上司に対する暴行等の事由も併せ考え、申請人との間に臨時雇員としての雇傭契約関係をこれ以上継続していくことはできないものと思料し、民法及び労働基準法の原則に従つて申請人を解雇したものである。

二、以上のように本件解雇は、申請人に前記第一項のような解雇事由があつたのでそれを理由に民法及び労働基準法の原則に従つてなされた解雇であるから、それは就業規則に基づく解雇ではなく懲戒解雇でもない。

また申請人は臨時雇員であり被申請人会社の正式の社員ではないから、申請人に被申請人会社の就業規則を適用することはできないし従つてまたその就業規則の手続に従つて申請人を解雇する必要もない。

仮に申請人に被申請人会社の就業規則が適用できるとしても、右就業規則は、昭和三七年の制定以来その内容につき労働者代表の意見を聞いていない上に、労働基準監督署に届出ていないので法律上の効力を有しない。

以上の次第であるから、就業規則の解雇手続違背並びに就業規則等に規定する通常解雇及び懲戒解雇事由の不存在を述べる申請人の主張はいずれも理由がない。

第五、被申請人の主張に対する申請人の答弁及び反論

一、答弁

(一)  第一項の(1)の事実中、申請人が、昭和四〇年六月四日午後八時頃名港六号地で輸出用貨車の監視に従事していたこと同年八月二八日四日市港でシヤビツト号の舷門監視に従事していたこと同年七月二二日休務したこと昭和四一年六月七日、八日いずれも会社に出社したこと同年一二月一四日被申請人から東海製鉄の岩壁における荷役調査勤務を命ぜられたこと昭和四二年一月五日休務したことはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  第一項の(2)、(4)の事実は否認する。

(三)  第一項の(3)の事実中昭和四二年二月九日午後七時頃申請人が全日検名古屋支部事務所で警備中の宮島弘に対し会社事務所で配置板上の名札が紛失している事実を通報したこと、同日午後一〇時四〇分頃事務所で仮眠中の申請人を早川所長、西村係長、馬場主任ら四名がその毛布を取るなどして起したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(四)  第二項は争う。

二、申請人の反論

(1)  本件解雇は申請人の懲戒事由に該当する行為を明示してこれを理由に解雇の意思表示をしているのであるから、客観的にみて懲戒解雇である。

(2)  就業規則及び表彰懲戒規定の適用について

(一) 被申請人会社の就業規則はその第一条但書において「雇員その他臨時に雇い入れたものは別に定める場合のほか(本規則を)適用しない」旨規定するが、そもそも就業規則は原則として全従業員をその適用対象とするものであり、一部の従業員に対し特別の取扱いをしようとするときは就業規則中に特別の規定をおくか、又はその者に適用される特別の規則を別に制定しなければならないのであり、かような特別の規定ないし規則のない限り一部の従業員に対し就業規則の適用を排除することは許されない。

よつて被申請人会社の就業規則は同規則第一条但書の規定にもかかわらず申請人に対し適用されるべきである。

(二) また仮に申請人が被申請人会社の臨時雇員であり被申請人会社就業規則を適用できないとしても、同規則第三九条に基づく表彰懲戒規定第二条には「この規定は雇員その他臨時に雇い入れたものにも準用する」旨規定しているから、申請人の懲戒解雇について、少なくとも就業規則付款表彰懲戒規定を準用できることになる。

(3)  なお被申請人は本件審理において解雇の際明示せる理由以外の解雇理由を種々主張しているけれども、就業規則に解雇理由を限定した場合には、解雇の意思表示に際しては就業規則に該当する理由を明示すべきであり、従つて解雇の適否も右明示された解雇理由だけから判断すべきである。

第六、疎明資料〈省略〉

理由

一、被申請人が肩書地に本店を置き、横浜に支店を、大阪、名古屋、東京、北九州に各営業所を設置し、輸出入貨物の監視や舷門監視等の監視を業とする株式会社であり、申請人が昭和四〇年一月六日被申請人会社に入社し、名古屋営業所の監視員として勤務していたこと、申請人が昭和四二年二月九日午後七時頃、全日検名古屋支部事務所で警備中の宮島弘の許を訪ずれ、同人に会社事務所で配置板上の名札が紛失している事実を通報したこと、その後同日午後一〇時四〇分頃会社事務所で仮眠中の申請人を早川所長、西村係長ら四名がその毛布を取るなどして起したため、申請人がこれに激怒し西村係長に喰つてかかり、その胸倉を掴んだこと、昭和四二年二月二二日被申請人が申請人に対し、申請人が前記日時場所で上司の西村係長に対し暴行を加えたことを理由に申請人を解雇する旨口頭で告知したこと、申請人が、昭和四〇年六月四日午後八時頃名港六号地で輸出用貨車の監視に従事していたこと、同年八月二八日四日市港でシヤビツト号の舷門監視に従事していたこと昭和四一年六月七日、八日いずれも会社に出社したこと同年一二月一四日被申請人から東海製鉄の岩壁における荷役調査勤務を命ぜられたこと昭和四〇年七月二二日及び同四二年一月五日いずれも会社を休務したこと、申請人が組合結成にあたり中心的な役割を果しその主張の日時に組合の書記長、副委員長に順次選任され、その後村山栄二の後任として組合執行委員長に選任されたこと、被申請人会社の業務のあり方について諸法規違反の疑があるとして当局より注意を受けそのため被申請人が一時全日検名古屋支部より検数業務を与えられなかつたこと、被申請人が輸入木材の筏部門の仕事を企画し、人員を募集したが実現しなかつたこと、被申請人会社就業規則付款表彰懲戒規定によれば、表彰及び懲戒は労働組合の選任する委員を加えた審査委員会の審議を得て決定すること(同規定第一一条第一二条)になつているけれども申請人の本件解雇にあたつてはこの手続が遵守されていないこと、本件解雇当時における申請人の一カ月の平均賃金が三九、四八〇円であることはいずれも当事者間に争いがない。

二、申請人は本件解雇については、被申請人の主張するような解雇事由が申請人に存在しないものと主張するので、この点について判断する。

(1)  まず被申請人は本件解雇理由として申請人に職場放棄や就労拒否などの職務違背があつたと主張する。

なるほど、前記当事者間に争いのない事実及び成立に争いのない甲第一号証の一、甲第五号証の二、四、五、甲第六号証の一〇及び申請人本人尋問の結果によれば、申請人が昭和四一年六月五日夜名港四号地で野積み鋼材の監視勤務に従事中、午後九時頃までの間に一度現場を離れて二〇分位の間市電通りまで買物に出掛けたこと更に右勤務が設備の貧弱な仮小屋に一晩中居続けるものであるため、それに必要な携帯用湯たんぽや外套を会社事務所まで取りに帰るのに午後一一時頃から約一時間半ばかり職場を離れたこと、申請人が昭和四〇年七月二二日及び同四二年一月五日一応営業所まで出社したものの体の具合が悪いなどの理由で被申請人まで休務届を提出しいずれも就労しなかつたこと、被申請人会社にあつては賃金は日給、時間給で支給される建前になつていたことが疎明される。

ところで労使の雇傭関係は相互の信頼を基礎にした継続的関係であり、労使双方が相当長期間雇傭契約を存続させる意図を有し労働者がその収入によつて生計を図つている場合に、使用者側の恣意により労働者が自由に解雇され、その職場を放逐されたのでは、相互の信頼関係の基盤を危くすることになり、延いては労働者の生存権を侵害することにもなりかねないので、結局使用者は労働者を自由に解雇できるものではなく、いわゆる整理解雇の場合はしばらく別として、労働者が使用者の経営秩序を紊す等労使間に相互の信頼関係をそれ以上継続し難い事情が発生し、その労働者を雇傭関係に留めておくことが企業経営上不適当であり解雇されてもやむを得ないと社会通念上客観的に判断し得る正当事由がある場合に限り、その労働者を有効に解雇することができるものと解するのが相当である。そこで前記認定の事実が右解雇の正当事由に該当するか否かを検討するに、申請人の昭和四一年六月五日夜の職場離脱は比較的軽微な職務違背であり、その離脱の理由も主として監視勤務に必要なものを事務所まで取りに帰つたことにあることを考えれば、この程度の職場放棄をもつては労使間の信頼関係を将来にわたつて継続し難い事情が発生したものとはいえず従つてまた前記解雇の正当事由に該当する程度の職務違背があつたともいえない。

また申請人の昭和四〇年七月二二日及び同四二年一月五日の就労拒否は、いずれも就労の前にしかるべき理由をあげ被申請人まで休務届を提出し、正式の手続をふんで仕事を休んだものであり、しかも被申請人会社では賃金は日給、時間給であるため当日就労がなければ賃金の支給を受け得ないことを考えると、申請人の右就労拒否は前記解雇の正当事由に該当しないことは勿論、そもそも何等職務違反行為を構成しないものといわなければならない。

その他被申請人の主張する職場放棄及び就労拒否の事実は甲第一号証の四、乙第七号証、乙第一四号証の一の各記載及び証人西村行雄、同宮島弘の各証言以外にはこれを疎明するに足りる証拠がなく、右甲第一号証の四、乙第七号証、乙第一四号証の一の各記載及び証人西村行雄、同宮島弘の各証言は成立に争いのない甲第五号証の一ないし五、甲第六号証の五、七及び申請人本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨に照したやすく信用できない。

(2)  また被申請人は本件解雇理由として、申請人は被申請人会社の秩序を紊したりその業務を妨害することがしばしばあり、更には上司に理由なく暴行を加えた事実があつたと主張する。

前記当事者間に争いのない事実及び成立に争いのない甲第一号証の一、甲第五号証の七、甲第六号証の三、四、六証人西村行雄の証言によつて真正に成立したものと認められる乙第三号証、乙第一〇号証及び証人西村行雄、同宮島弘、同早川藤一の各証言並びに申請人本人尋問の結果を綜合すると次の事実が疎明される。

即ち申請人は昭和四二年二月九日昼間の勤務を終え一旦会社事務所を出て帰宅する予定であつたが翌朝入港する船に早朝から乗船する勤務がありまた組合の会計事務を処理する必要もあつたので、当夜は知立町の自宅へ帰らず事務所に仮泊することに決めた。同夜午後七時頃申請人は酒気を帯びて事務所近くの全日検名古屋支部事務所にて警備に当つていた被申請会社従業員宮島弘の許に行き、同人に対し「配置板の名札が全部無くなつている。現認してほしい」と告げたので、宮島は申請人と共に事務所にとつて返し、申請人の云う通り整備されていた配置板の名札が殆んど無くなつており且つ入港予定船を書いた黒板も消されていた有様だつたので、宮島は早川所長、奥村係長宅に電話し、午後九時頃帰宅して家人よりこのことを知らされた同人等は右事務所に駈けつけ、西村係長、馬場主任らも知らされて駈けつけ、右四人は配置板などの有様を見て、かつて申請人が事務所で宿泊していた晩に配置板の名札が二、三枚無くなつていることが二度ばかりあつたことから、申請人を疑い、午後十時過ぎ事務所の長椅子に毛布をかぶつて寝ていた申請人に問い質すべく、早川所長が「話があるから起きよ」と声をかけたが、起きなかつたので右四名の者は「こら起きよ」とか「阿呆起きよ」等といいながら、毛布を被つて横になつている申請人を上から小突いたり、あるいは毛布をめくつたりして起してしまつた。

申請人はこれに立腹して「阿呆とは何だ。第一人が寝ているところを毛布の上から小突き廻すとはどういうことか」と云つて右四名を咎めたところ、西村係長が「お前は阿呆だ。お前のやつていることは阿呆だ」と応酬したため、残りの酒酔も手伝つて申請人は激怒し、右西村係長に喰つてかかり同人に近づいてその胸倉を掴み同人と揉み合いになつたが、結局他の者に遮られ西村係長から引き離され、そのうち申請人も冷静さを取戻しそれ以上騒ぎは発展しなかつた。他方同所にいた馬場主任は事件を重視して直ちに警察に通報した。そのためまもなくパトカーが到着し事情を調べた上、西村係長や早川所長らに告訴の意思の有無を確めた。そこで右四名は色々話し合つた上社内のことであるので申請人との話し合いで事を解決することに決め結局警察官はそのまま引きあげていつた。その後申請人は早川所長と事務所内に残つて雑談を交したがその際も同所長から申請人に対し名札紛失の原因を糺明する話は起らなかつた。次いで同月一〇日午前七時半過ぎ頃、宮島弘が会社事務所付近で前夜紛失した名札の大部分を発見した。その後被申請人は前記二月九日夜の事件を重視し、申請人を解雇することに決定し同月一四日付で解雇通知書を申請人まで郵送したが、申請人の受理するところとならなかつたので、同月二二日申請人が会社事務所に出頭した機会をとらえ、改めて奥村係長より口頭で解雇の意思表示をした。そして申請人は右解雇を不服として裁判で争う意思を明らかにしたので、被申請人はこれに対抗する措置として同年三月三一日西村係長名義で港警察署長まで申請人を告訴するに至つた。

以上の事実が疎明され、乙第七ないし第一〇号証の各記載及び証人西村行雄、同宮島弘、同早川藤一の各証言中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

前記認定の事実によれば、二月九日の事件当夜、申請人が西村係長らのやり方に憤激し酒の酔いも手伝つて同係長の胸倉を掴み同人と揉み合つた事実は明らかであり、暴力沙汰は元来許されないことであるが、他方当夜の申請人の行動は西村係長らが仮眠中の申請人を毛布の上から小突いたりあるいはその毛布を断りもなく取つたりして申請人を起し、あまつさえ申請人を阿呆呼ばわりなどしたことに誘発されたものであり、しかも申請人の暴力行為といつても西村係長の胸倉を掴んで同人と揉み合つた程度にとどまり別に同人に傷を負わせたわけではないこと、申請人も直ちに冷静に返つてそれ以上手出しをしていないこと、被申請人側としてもその事件直後は申請人を告訴する意思はなく会社内部の問題として内輪の話し合いで解決しようとしていたこと等の事情があり、以上の事実に照せば、申請人の前示暴行の事実はたとえ前項の職場放棄の事実と併せ考えても、被申請人会社の経営秩序を紊し労使間の信頼関係を将来にわたつて破壊するほどの事情として、社会通念上解雇されてもやむを得ないと判断される場合には該当しないものというべきである。

被申請人は、申請人が事務所で仮泊した際に起つた配置板の名札隠蔽や、窓ガラスの破壊は申請人の行為であると主張し、前示証人等の証言によれば、申請人は平素は静かな性質だが、酒を好み、呑めば往々にして能弁になつたりして、いわゆる人が変る性向であることが認められるが、本件全疎明によるも未だ申請人が右の如く名札を隠蔽などしたと断定することができない。

なお被申請人は会社の従業員が事務所で仮泊するについてはその都度被申請人会社の同意が必要であり、申請人はこの内規に違背してしばしば事務所に仮泊し被申請人会社に迷惑を及ぼしたものと主張するからこの点について判断するに、成立に争いのない甲第五号証の六、甲第六号証の八及び証人早川藤一の証言並びに申請人本人尋問の結果によれば、申請人が仕事や組合の都合等で時々会社事務所で仮泊していたこと、被申請人会社名古屋営業所にあつては従業員のための特別の宿泊施設はなくそのため被申請人会社としても勤務が遅くなつたときや翌日の仕事の都合等で従業員が会社の事務所に仮泊するのを黙認していたこと従つてその仮泊に際しても事前に会社の承認を得る必要はなかつたことが疎明され、乙第七号証、乙第一一号証の各記載及び証人西村行雄の証言中右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば申請人が仕事や組合の都合で時々会社事務所に仮泊していたことは明らかであるが、他方申請人がその仮泊について事前に会社の承諾を得る必要はなかつたのであるから、申請人の右仮泊により被申請人会社の業務に支障をきたした事実について疎明がない本件では被申請人の右主張もまた理由がないものといわざるを得ない。

(3)  以上の説明によれば、被申請人の主張する解雇理由のうち、職場放棄及び上司に対する暴行については解雇をしなければならぬほどの正当事由に該当せず、また就労拒否及び社内秩序の紊乱ないし業務妨害については、いずれもその主張する事実の疎明がないことになり、結局本件解雇は申請人に対する会社就業規則ないしはその付款の適用の有無に拘らず解雇の正当事由を欠き無効といわなければならない。

三、以上のとおり不当労働行為その他の主張について判断するまでもなく本件解雇は無効であるから、申請人と被申請人会社との間には依然雇傭関係が存続し、申請人は被申請人会社に対し雇傭契約上の権利を有するものといわなければならない。

そして申請人が本件解雇前被申請人会社から賃金として一カ月平均金三九、四八〇円を受取つていたことは当事者間に争いがなく、またその成立に争いない乙第四ないし第六号証によれば、被申請人が昭和四二年二月二八日申請人のため解雇予告手当金として一カ月の賃金額に相当する金三九、四八〇円を名古屋法務局に供託し、申請人が同年三月三日右供託金を未払賃金の一部に充当する趣旨で受領した事実が疎明される。しかして被申請人は右解雇予告手当金三九、四八〇円の供託に際し、それを予備的に未払賃金の一部として供託する意思を有していたものと解すべきであるから、申請人が一カ月の賃金額に相当する右供託金を受領した限度において、未払賃金の一部の受領があつたものとみるべきである。従つて申請人は被申請人に対し本件解雇の一カ月後の日である昭和四二年三月二二日以降毎月末日限り一カ月金三九、四八〇円の割合による賃金請求権を有するものといわなければならない。

ところで前記当事者間に争いのない事実及び成立に争いのない甲第一号証の一並びに申請人本人尋問の結果を綜合すれば、申請人は本件解雇当時被申請人会社の従業員であつたところ、被申請人は本件解雇の意思表示をなした昭和四二年二月二二日以降申請人を被申請人会社の従業員として取扱わずかつ同日以降の賃金の支払を拒んでいること、申請人は被申請人会社から受ける右賃金を唯一の生活の資とする労働者であつて被申請人会社から賃金の支給を絶たれた後は妻子四人を抱え生活に困窮していることがいずれも疎明される。

よつて申請人は本案判決を待つていては著しい損害を受ける虞があるから、これを避けるため本件仮処分を求める必要性があるものというべきである。

四、以上の次第で本件仮処分申請は申請人が被申請人会社に対し雇傭契約上の権利を有する地位にあることを仮に定め、かつ被申請人会社に対し昭和四二年三月二二日から毎月末日限り一カ月金三九、四八〇円の割合による金員の支払を求める限度において理由があるから、保証を立てさせないでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西川力一 片山欽司 豊永格)

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